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その5「煤竹の音」
真っ赤な柿の実が丸みのある萱葺きの屋根に映える情景は、いつの間にか昔話の挿し絵の世界になってしまった。

煤竹は、この消えてなくなってしまった世界でしか育てられない竹なのだ。茅葺きの家の天井や屋根裏に建築材として使われていた竹が、永い永い年月、囲炉裏の煙にさらされて真っ黒に煤が積もり、その油がしみこんでなんとも表現できないほどに美しい古色に出来上がっているのが煤竹。

真竹の太いものは高価な建築材料として床の間に使われたり、個性ある形のものや気色が美しいものは花生けや茶道具に加工されて珍重されている。細めのものは茶筅にも加工される。また、笙の材料も雄竹での細い煤竹が最高だと聞いているが、入手はとても困難になっているものと思う。

だが女竹の煤竹は表面が弱く美しい古色が失われやすいので、買い手もなく長い間取り壊しの現場で燃やされ集められることがなかったようである。今回の話題は、この節が目立たず節間がスマートに伸びた女竹…すなわち篠竹の煤竹を使って笛を作るお話。

雌竹、すなわち篠竹は屋根に使われていたのではなく、天井板として敷き詰められていた。その上の天井裏に当たる空間は養蚕のためのスペースで、この空間の暖房のためには板を張るのではなく、竹を並べてできる隙間が必要だったのだろう。囲炉裏で暖められた空気や煙が竹の隙間を上って天井裏を暖める。

囲炉裏の火が消えた頃から養蚕も消えていった。その後、どの農家も篠竹が並べられた天井の下にもう一枚天井板をはって、ほこりが落ちないようにしていったようである。煤竹を集めて仕事にしているT氏の話。

どの家も篠竹の下に天井板を張ってしまっているので、篠竹は分厚く積もった煤や埃に埋まっていて抜き取るのは大変だ。鼻の穴どころか腹の中まで真っ黒になってしまう…。
いまどき家を手で壊す人はいない、機械ばかりだから壊した後では竹がみな折れてしまって使い物にはならん。だから壊す前の家から抜き取らせてもらうのだから、とにかく大変な仕事なんだよ。

まず茅葺きの古家を見つけると、壊す前に煤竹を抜き取らせてもらう交渉をするのだが約束をしてもらうのは難しいよ…。空き家なら話しやすいが、まだ生活をしている家は壊す話はしにくいね。それにたとえ約束をしておいても、いつの間にか壊されて跡形もなくなってしまっている。連絡するのが面倒なんだね。
竹を抜き取らせてもらう前に、ある程度のお礼を払うのだが、最初のうちは少額でも喜ばれたものの煤竹が売れる噂が広まると、だんだんにお礼が高額につり上げられて、最近では結構な金額を払わされるよ…。
それは私に高く買ってくれと言うことだが、この仕事の様子を写真に撮らせてほしいと頼んでも、どうしても許してくれなかった。理由はどうも仕事と税金の関係らしかったが、結構な収入があったのだろうと思う。

金持ちの家はだめだ…。囲炉裏で炊く薪が煙の出にくいものを使うので、いくら古くても竹に濃い色がついていない。貧乏人は松のように煤が出やすいものしか炊けないので、きれいな煤竹が出来ている訳だ…。

だがな貧乏過ぎるのはだめだな。家を作るのに古家を買って建てている、そのときに竹も新しくしないで古い竹をそのまま利用していたらしく、煤竹の良さを通りすぎてしまって、朽ちてしまって使い物にならない。
人間も同じかもしれないが、このほどほどに貧乏した煤竹でしっかりと油がしみこんで表面が黒ずんだ煤竹は、削ってみると中は琥珀色をしている。これが最高なのだが、そんな材料はほとんど手に入らなくなってしまった。
山田 藍山
藍ノ会
MOVIES'「篠笛を吹く」