笛の音色と共に…
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笛の音色と共に…
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その2「笛の内側は朱漆がいい」
篠笛の音は静けさを演出する。地歌舞や小唄振りの陰で吹かれる篠笛の音は、どこから聞こえてくるかわからないほどに舞台の空気と化して、ハーブの香りのように山間の霧のように現れては消え消えては現れる。

歌舞伎でも日本舞踊でも、篠笛が主役になることはない。それでいながら存在感の大きい篠笛の魅力がここにある。時としては江戸囃子の篠笛のように大暴れをする力を持っていながら舞台では謙虚に、品良く、それでいながら、ぬけぬけと自己主張する奏法、これが他の楽器には見られない魅力だろう。

この単純で繊細な魅力は、その姿にも表れる。女竹の一節に穴を開けただけの実に単純な笛で、表には何の装飾もほどこさず、あまり見えない内側を朱の漆で塗る。まだ作って間もない新しいうちは白く明るい肌に、その後ろから少し黒ずんだ朱色がのぞき白い肌を引き立たせている。

そして吹き込み使い込むほどにその肌は小麦色に輝き始め、音色にも響きを増して遠音がするようになる。このころになると内側の朱色は漆が透けて明るい朱が現れ、渋い気色の肌の裏に明るい朱をのぞかせる。篠笛の内側はやっぱり朱漆がいい。

渋い大島紬の着物の裾に、赤やピンクの裏地がほっそりとのぞいているのはうれしい。半襟の明るい線の襟元もうれしい。地味な男物の羽織の裏に、誰に見せるでもなく思いもよらぬ粋な絵を染め上げて着歩く心地よさ。朱漆はこれらと同じように粋だね。

篠笛作りには穴を開けるための刃物を使うが、竹の繊維は硬くよほど良く切れる刃物にしておかないと仕事にならないので、いつも砥石に向かっている。砥石はもともと地下水の中にあったものだから水に湿らせておくのがよく、私は砥石の入れ物に木の蓋をしておいた。木の蓋はいつも湿った状態ではよくないので、笛に塗った漆の残りを少しずつ蓋の裏に塗っておくことにした。生漆、中塗り漆、黒漆、朱漆など、余った漆を少しずつ塗っていくうちに面白いデザインになった。

雨季に入って蒸し暑い日が続き、何気なく砥石の蓋を開けて驚いた。裏一面にびっしりとカビが生えている。毛足の長めの真っ白なカビだ。漆は水には大変に強くこのようなことが起きないようにと思って漆を塗っておいたのだが、まだ厚さが十分ではなく木の肌が埋め尽くされていなかったのだろう。

拭き取っておこうと思ってよく見ると、所どころまったくカビの生えていないところがある。それが朱漆を塗りつけたところだった。今までに誰からも教わらなかった発見になんだかうれしくなってしまった。

篠笛の朱漆はオシャレだけではなかったのである。二十年も吹いている私の篠笛は一度も掃除をしたことがない。それでいながら今までいやな匂いがしたこともなく、カビが生えたこともない。先人はこのことを皆知っていたのだろうか。

漆に混ぜ合わせる、本朱といわれる朱色は水銀でできている。これが強い殺菌力を持っているのだろう。そういえば中国では陵墓に納められていた棺には朱漆が塗られていた。こうしたことはやはり昔から分かっていて、笛の内側には朱漆を塗っていたのだろう。

この結論で話が終わってしまうと、せっかくの美しい篠笛のイメージが壊れそうだが、篠笛を吹いている皆さんは笛の中をあまり掃除しないほうがよさそうだ。せっかくの朱漆が磨り減ってしまうことになりますよ。
山田 藍山
藍ノ会
MOVIES'「篠笛を吹く」